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発見から閉山まで90年

赤井川 旧 轟鉱山

ライオンの滝脇にみられる珪化岩(一部,粘土化)の崖.ライオンの岩と呼ばれた.【写真: 垣原康之】
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轟鉱山坑口付近の廃墟と化した施設.【写真: 垣原康之】
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白井川に広がる平坦地.活況当時はここに鉱山町が栄えた.【写真: 垣原康之】
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私立轟小学校跡地.赤井川教育委員会が示す道標が立つ.【写真: 垣原康之】
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旧 轟鉱山は,鮮新世の浅熱水性鉱脈鉱床である.赤井川村白井川中〜上流に沿った地域では粘土化変質作用の影響が強く,両岸で珪化作用の影響が強い.これらの鉱化・珪化作用は鮮新世(3〜2Ma)頃に起こったものとされる.金銀は珪化岩から採掘されていた.

明治29年発見,同31年に北海道鉱山(株)が所有した後、次々と鉱脈が発見された。明治34年には金10貫42匁、銀520貫93匁を出鉱している.その後、資源枯渇のため人員削減がなされていたが、大正10年に大鉱脈の発見とともに採掘が盛んに行われた.昭和初期にはダイナマイト事故や下流への鉱害が問題となる.また戦時中は朝鮮人労働者を受け入れていた.戦後になって数回の探鉱が行われたが、昭和62年に閉山した.

旧轟鉱山は北海道で最も古い鉱山の一つで,半世紀におよび操業した.出鉱量は、金2,637kg、銀104t、鴻之舞,千歳,手稲,静狩,サンルに継ぐ規模の鉱山である.

【執筆者:垣原康之】

所在地

赤井川村 轟

リンク

北海道文化資源DB:轟鉱山跡

赤井川村

参考文献

赤井川村教育委員会 編(2004)赤井川村史.1,221p.
沢井 長雄,米田 哲朗,板谷 徹丸 (1992) 西南北海道千歳・轟・手稲金銀鉱脈鉱床のK-Ar年代. 資源地質, 42, 323-330.
太田 良平,上村 不二雄,大沢 穠 (1954) 5万分の1地質図幅「仁木(札幌-19)」および同説明書. 北海道開発庁, 65p.

 

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